枯野船(1)……特に「ܩܠܐ」(音)について

 momoyukaさんのブログに「枯野という船」の記事がある。まずは直接の関連事項を記しておく。シリア語を含めたアラム語、ソグド語を含めたイラン系の言語、突厥語を含めたトルコ系の言語など、記紀の不思議とも言える言葉を考える場合に検討すべき対象言語は少なくないが、本ブログは、なかでもシリア語を重視する立場を採る。シリア語を重視する理由は、後に触れたい。


   故、是の樹を切りて作れる船は、甚捷く行く船ぞ。
   時に、其の船を号けて枯野と謂ふ。(古事記


 歌謡部分には「加良努」(努は甲類仮名)とある。倭音化して受け止められた時に、「カラノ」(ノは甲類)と受け止められる可能性のある子音対(momoyukaさんの用語に倣い、三連のものも含めて子音対と呼ぶことにする。不都合が生じる場合は用語を変更することもある)としては、以下のものが候補となる。


   ・KLN、KRN、QLN、QRN (※次善の候補として、XLN、XRN)


 ところが、シリア語に「to be swift」という意味の「QL」という語がひとまず存在する(おそらく倭語の音韻体系では「カル」と受け止められる)。したがって、「甚捷く行く船」を「カラノ」と号けた、という古事記の文脈にまさしく合致する子音対は、上記候補のうち「QLN」ということになろう。
 そこで、「QL」という綴りを渉猟すると、「to roast」(焼く、蒸し焼きにする、炒る)という意味の「QLA」が見つかり、「sound」という意味の「QLA」が見つかる。とりわけ後者に関しては、複数形に「QLYN」があり、さらに「QLNYA」という方言形も存在する。子音対「QLN」を含んでおり、非常に注目される。


   茲の船、破れ壊れて、塩を焼き、其の焼け遺れる木を取りて、
   琴を作るに、其の音、七里に響きき。(古事記


 なぜ「塩」なのか、なぜ「琴」なのか、なぜ「七里」なのか、それらの点はさておき、少なくとも「焼く」という文脈と、「音が響いた」という文脈は、子音対「QL」に導かれてのものと言えるだろう。また、枯野船の説話の結末は、要するに「音が響いた」ということであってみれば、特に「sound」を意味する「QLNYA」(方言形)というシリア語が、「加良努」(枯野)という命名を考えるうえで重要な位置を占めているということにもなるだろう。


 (参考)http://xwra.web.wox.cc/blog/entry2.html


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