古事記の「飛鳥」について(2)
端的に言えば、古事記のテクスト上において三つの「飛鳥」(遠飛鳥・近飛鳥・飛鳥河)が場所を占めているわけだが、このうち二つ(遠飛鳥・近飛鳥)は天皇の宮都として設定されている。残りの一つ(飛鳥河)は「猪甘老人」を斬る場所として設定されている。
ところが、以下の稿で述べた通り、天皇の列順は二十八宿の列順に重なる。「遠飛鳥」の允恭天皇は【角】(スピカ)に当たり、「近飛鳥」の顕宗天皇は【心】(アンタレス)に当たる。その一方で、仮に「猪甘老人」が「猪使門」(宮殿の北方の門)を標示しているとすると、「猪甘老人」は【虚】(イルカ座)に当たる。したがって、古事記のテクスト上において「遠飛鳥・近飛鳥・飛鳥河」が占める位置は、天空で言えば「角・心・虚」ということになる。と言うよりも、このような配置(あるいは設定)が古事記に内包されている、と言うべきである。
・「勾大兄王子」の「勾」について……既稿(6月21日)
・「讃・珍・済・興・武」は「翼・軫・角・亢・氐」か……既稿(同上)
・なぜ「鞆の如き完」と説明されるのか……既稿(6月22日)
・「氐」は「秤宮」(ܬܩܠܐ)……既稿(同上)
このような配置には出典がある。二十八宿に関する記述を含む古い文献は漢籍にも漢訳仏典にも幾つか存在するが、ダイレクトな繋がりを見せるのは、摩登伽経である。二十八宿のそれぞれに関し、その形状などを記す箇所は、摩登伽経に限らず、舍頭諫経にも後の宿曜経にも見られるが、件の摩登伽経における「形」(当該宿の形状)と「主」(当該宿を主る者)は以下の通り。
・【昴】……「散花」………「帝王」
・【畢】……「飛鴈」………「天下」
・【觜】……「鹿首」………「曠野・大臣」
・【参】……無記述………(亦然)
・【井】……「人歩」………(亦然)
・【鬼】……「畫瓶」………無記述
・【柳】……無記述………「龍蛇・依山住者」
・【星】……「河曲」………「種甘蔗人」
・【張】……「人歩」………「盗賊」
・【翼】……「人歩」………「坐人」
・【軫】……「人手」………「於城内居人」
・【角】……無記述………「飛鳥」★ ※古事記は「遠飛鳥」
・【亢】……無記述………「出家修福之者」
・【氐】……「羊角」………「水人・蟲獣」
・【房】……「珠貫」………「商價・以御人」
・【心】……「鳥」★………(如昂嘴説) ※古事記は「近飛鳥」
・【尾】……「蝎」…………「行人」
・【箕】……「牛歩」………「乗騎」
・【斗】……「象歩」………(如上説)
・【牛】……「牛首」………「南方赤衣盗賊・戲笑者」
・【女】……「穬麦」………無記述
・【虚】……「飛鳥」★……「中土」 ※古事記は「飛鳥河」
・【危】……無記述………「醫噬合塗香者」
・【室】……「人歩」………無記述
・【壁】……「人歩」………「能作楽者」
・【奎】……「半珪」………「乗船」
・【婁】……「馬首」………「市馬」
・【胃】……「鼎足」………「耕種」
ここで、「心」に関しては「其形如鳥」とあり、「虚」に関しては「形如飛鳥」とあるが、「鳥」の箇所も「飛鳥」の箇所も原語(サンスクリット)は同じ。また、「角」に関しては「角主飛鳥」の他にも「在角蝕者飛鳥毀滅」とあり、舍頭諫経にも「彩畫宿者主野人飛鳥」とある。古事記の三つの「飛鳥」の配置が摩登伽経に合致するのは偶然だろうか。偶然であれば、あまりにも出来過ぎである。