古事記の「飛鳥」について(5)──「遠飛鳥」は「ASXA」

 古事記の「飛鳥」の全箇所を7月4日の稿に列挙したが、そのうちの(4)は「近飛鳥」の命名説話、(5)は「遠飛鳥」の命名説話であった。「曾婆加理」という名の「隼人」にまつわる説話に含まれる形で出てくる。そのことの意味については後述するとして、ともかく原文を以下に掲げる。


   故、其隼人飲時、大鋺、覆面。
   爾、取出置席下之剣、斬其隼人之頸、乃明日上幸。
   故、号其地謂近飛鳥也。
   上到于倭、詔之、今日留此間、為祓禊而、明日参出、将拝神宮。
   故、号其地謂遠飛鳥也。    (反正記)


 この箇所は一般に、「明日」(アス)という言葉が「飛鳥」(アスカ)に掛けられている、と説かれる。その通りだが、これだけの説明だと、「近飛鳥」と「遠飛鳥」の違いが分からない。どの箇所を承けて「近飛鳥」と言われているのか、どの箇所を承けて「遠飛鳥」と言われているのか、それぞれに考える必要があろう。


   【角】摩登伽経「角主飛鳥」→「遠飛鳥宮」。いわゆる倭の五王の「済」。
   【虚】摩登伽経「形如飛鳥」→「師木島大宮」。linked to「飛鳥清原大宮」。


 まずは「遠飛鳥」。7月7日の稿で述べた通り、形が「飛鳥」であるところの「虚」に該当する欽明天皇の和風諡号に含まれる「波流岐」は、「PRXA」(鳥などが飛ぶこと)の音写と目される。「形如飛鳥」という記述中の「飛鳥」は「PRXA」と読むべきものである。然らば、「角主飛鳥」の「飛鳥」に関しても、さしあたり「PRXA」と読むべきである。その場合、「遠飛鳥」の「飛鳥」が「アスカ」と読める条件は、この「アスカ」が「PRXA」に置換可能であること、意味が重なることである。


   ・見出し語……「SXA」「SXY」
   ・意味……a)to bathe, wash oneself;
            metaph. to be purified by baptism, baptized
          b)to swim, float
          c)to creep, spread (as leprosy, poison, plants)
          d)to overspread, overrun, stray, roam
   ・Aphel態……「ASXY」 trans.
   ・意味……to wash, bathe; to allow or admit to bathe
   ・例文……「ASXY ANWN BMYA」 he washed them in water


 そこで注目されるのは、これもまたシリア語の「SXA」である。「PRXA」には「to float」の意味があるが、「SXA」にも「to float」の意味がある。また、「PRXA」には「to spread」の意味があるが、「SXA」にも「to spread」の意味がある。Aphel態は「ASXY」、稀に「ASXA」。これこそ「遠飛鳥」の「飛鳥」だろう。
 そもそも「SXA」の第一義は「to bathe, wash oneself」(自身を清める)であってみれば、まさに「スカっとする」の「スカ」、あるいは「須賀須賀斯」(スガスガし)の「須賀」(スガ)に通ずる。ここまで検討したうえで、古事記の「遠飛鳥」の命名説話に戻ると、「為祓禊而、明日参出、将拝神宮。故、号其地」云々。つまりこれは、「為祓禊而、明日」の部分から「ASXA」が導かれ、続いて意味の重なりから「PRXA」が導かれ、「飛鳥」という表記が導かれているのである。そういうものとして「遠飛鳥」は在る。

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