古事記の「少女」について

 古事記の以下の場面は、「大毘古命は北陸平定のために派遣されたが、途中山城の幣羅坂で不思議な歌を歌う乙女に出会う。そこで大毘古命は取って返し、崇神天皇にこのことを報告すると、天皇は建波邇安王の反逆の兆候と判断し、早速追討の軍勢を派遣することになる」(新編全集)というストーリー展開において、まさに「少女」が歌を詠う場面である。


   故、大毘古命、高志国に罷り往きし時に、腰裳を服たる少女、山代之
   幣羅坂に立ちて、歌ひて曰はく、
     御真木入日子はや 御真木入日子はや 己が緒を 盗み殺せむと 
     後つ戸よ い行き違ひ 前つ戸よ い行き違ひ 窺はく 知らにと 
     御真木入日子はや
   是に、大毘古命、怪しと思ひて、馬を返し、其の少女を問ひて曰ひしく、
   「汝が謂へる言は、何の言ぞ」といひき。爾くして、少女が答へて曰はく、
   「吾は、言ふこと勿し。唯に歌を詠はむと為つらくのみ」といひて、即ち
   其の所如も見えずして、忽ちに失せにき。     (崇神記)


 古事記の中で「少女」(という文字列)が登場する場面は、後にも先にもこの箇所に限る。「吾は、言ふこと勿し。唯に歌を詠はむと為つらくのみ」の存在として「少女」は登場する。平安時代の日本のホロスコープを見ると、いわゆる乙女座は「少女宮」に作られている。古事記の「少女」は「少女宮」だろうか。


   月離角星。其日生者。善知音楽。能造瓔珞。(摩登伽経)
   月在角宿。宜當裁衣造於瓔珞。(中略)作妓楽。営素畫。(摩登伽経)
   彩畫宿日生。憙自荘厳。伎楽歌舞。(舍頭諫経)    ※彩畫宿は角宿


 いわゆる乙女座のα星は「スピカ」だが、その「スピカ」はインドのナクシャトラの「Citra」に当たり、中国の二十八宿の【角】に当たる。その【角】に関して、摩登伽経に「善知音楽」とあり、「作妓楽」とあり、舍頭諫経に「伎楽歌舞」とある。特に摩登伽経の記述は注目に値しよう。「妓」は「音曲や歌などのわざで客をもてなす女」(うたいめ)。「妓女」に同じ。そして、「妓楽」は「うたいめの奏する音楽」を言う。【角】と「妓楽」との結びつきが、古事記の「少女」の「唯為詠歌耳」という台詞に反映している(この点は日本書紀も同じ)。


   壁星惟主能作楽者。(摩登伽経)
   北賢迹宿日生。憙于伎楽。工鼓五音。(舍頭諫経)  ※北賢迹宿は壁宿


 ところで、「越南」(ベトナム)は、「越」(ベト)の南。この「越」の原語が「B」(綴りはBYT。読み方はBeth)かどうか定かでないが、少なくとも音韻的には対応している。7月6日の稿で述べた通りであれば、「越」は月宿の【壁】の異表記に成り得よう。その【壁】に関しても、摩登伽経に「惟主能作楽者」とあり、舍頭諫経に「憙于伎楽工鼓五音」とある。日本書紀の「越国」を古事記は「高志国」に作る。「大毘古命、高志国に罷り往きし時に、腰裳を服たる少女、山代之幣羅坂に立ちて、歌ひて曰はく」という流れにおいて「少女」が登場するのは、「高志国」が月宿の【壁】を標示し、「伎楽」あるいは「妓楽」に通じるからであろう。


   ・「BYT」……a house; room; temple or church, (中略)astron. mansion;
            rit. a verse of hymn, versicle, short hymn, introit, (以下略)


 シリア語アルファベット【B】の綴りは「BYT」だが、「BYT」には「家、部屋、寺院または教会」などの意味の他に、特に儀式などにおいて「賛美歌の一節」の意味でも用いられる。何はともあれ、【B】は「歌」に関係する。その【B】が【壁】であれば、これは摩登伽経に「壁星惟主能作楽者」とあること、舍頭諫経に「憙于伎楽工鼓五音」とあることに見合うし、また、「妓楽」に関係するところの【角】を標示する「少女」が「高志国に罷り往きし時に」という流れにおいて登場することにも見合う。古事記の「少女」は「少女宮」(月宿の【角】に該当)と見てよい。

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