「三島湟昨之女」の「富登」と「美富登」(安寧陵)

 次に、「富登」について考察する。意味が女性の陰部であることはよい。問題は、どこに出てきて、どのように機能しているかだ。以下の説話が有名である。ここで「三島湟昨」は人名だが、古事記の「三島」は、この箇所と、継体天皇の「三島之藍陵」の箇所に限る。その場合、「三島湟昨」の「三島」も、「三島之藍陵」の「三島」も、同じ「三島」と見るべきだろう。即ち、ひとまず「三島」は地名と見てよい。古事記というテクスト上の地名である。さて、最も肝要なのは、だれの「富登」かと言えば、「勢夜陀多良比売」の「富登」という点、「三島湟昨之女」の「富登」という点である。つまり、地名の「三島」に連なるものとして「富登」は提示されているのである。


   此間有媛女。是、謂神御子。其、所以謂神御子者、三島湟昨之女、名
   勢夜陀多良比売、其容姿麗美故、美和之大物主神、見感而、其美人
   為大便之時、化丹塗矢、自其為大便之溝流下、突其美人之富登
   〈此二字以音。下効此。〉 爾、其美人、驚而、立走伊須須岐伎。
   〈此五字以音。〉                     (神武記)


 一方、継体天皇の婚姻関係を見ると、「目子」と「手白髪」が続く天皇を生んでいるが、後の皇統に繋がるのは「手白髪」のほうである。その「手白髪」は顕宗天皇の娘であり、武烈天皇の妹でもある。皇統を直接的に継いでいるのは「手白髪」と言える(継体天皇は「品太天皇之五世孫」に過ぎない)。言ってみれば、「手白髪」自身が天皇のような存在である。その意味で、「袁本杼」(継体天皇)が【斗】ならば、「手白髪」も【斗】と言える。
 ところが既に述べた通り(8月19日の稿)、「手」を意味する「Y」の読みこそが「伊予」である。この場合、【斗】に当たる天皇の「三島之藍陵」が仮に摂津国古事記摂津国も津国も未出)の三島であったとしても、「伊予国」の「三島」に関連づけられている(リンクされている)と見なければならない。と言うよりも、古事記の「三島」は「伊予国の三島」として提示されていると言うべきか。
 その「伊予国」の別名が「愛比売」であることに鑑みて、「三島之藍陵」の「藍」(アヰ)が「愛」(アイ)に通じるものとして記されている点は疑えない。その「愛」がシリア語のアルファベットの「A」の漢字表記であることは述べた(8月19日の稿)が、その「A」は月宿の【室】に他ならない。7月6日の《月宿としてのアルファベット》の稿に始まって、縷々述べてきた通りである。


   師木津日子玉手見命、坐片塩浮穴宮、治天下也。(……中略……)
   天皇御年、肆拾玖歳。御陵、在畝火山之美富登也。   (安寧記)


 然るに、月宿の【室】に当たる(したがって「A」に当たる)安寧天皇の宮都は「浮穴宮」である。一般に「片塩浮穴宮」は大和盆地の内に比定されているが、「浮穴」は「伊予国」の古くからの地名である。「A」(愛比売)に当たる「玉手見」は「手」を名に負う。その「手」は「Y」(伊予)である。このような状況においては、「片塩浮穴宮」が仮に大和であったとしても、その故地は「伊予国」の「浮穴」と見なければならないだろう。
 そこで気づかれるのは、「A」(愛比売)に当たる安寧天皇の御陵が、「美富登」と記されている点である。「美富登」は釈文において「御陰」(女性の陰部)に作られる。それ以外の解釈も考えられない。神武記において「富登」は「三島湟昨之女」のものである一方、安寧記において「美富登」は「玉手見」(安寧天皇)のものである。古事記において「手」を名に負う天皇は「玉手見」に限る。その「手」は「Y」(伊予)であり、しかも「浮穴宮」の故地も「伊予国」と考えられる。そうすると、「三島湟昨」の「三島」も元来は「伊予国」と見るべきだろう。


   ・「富登」は「三島湟昨之女」のもの。「三島之藍陵」の「藍」は「A」(愛媛)。
   ・「美富登」は「玉手見」(安寧天皇)のもの。「手」は「Y」(伊予)。


 冒頭で述べた通り、古事記の「三島」は、「三島湟昨」と「三島之藍陵」の二者に限る。「三島湟昨」の「三島」も、「三島之藍陵」の「三島」も、同じ「三島」と見るべきである。その「三島」は、結局のところ、「伊予国」の「三島」ということになるのではないか。古事記において「富登」や「美富登」は要するに「愛比売」(伊予国)に縁あるものとして提示されているのである。
 現在、「三島湟昨」を配祀する溝昨神社は「安威川」の畔に鎮座する。少なくとも平安時代まで遡れる神社(いわゆる式内社)である。付近には「三島之藍陵」に比定される太田茶臼山古墳も存在する。併し、それらが「安威」(アヰ)の流域であってみれば、やはり「愛」(アイ)にまつわる。その故地を「伊予国」(愛比売、現在の愛媛県)と見て、なんら差し支えない。以上、「富登」の機能を見た。「富登」の意味が分かっただけでは、古事記が分かったことにはならない。

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